舞台となった街・アントワープ

2003年 7月28日、とても暑い日でした。
まず、アントワープ観光局のヤン・コルテール さ んを訪ねました。
ヤンさんの友人で「パトラッシュ.NET」を製作・運営をする大島氏が事前に連絡してくださいました。
インフォメーションでヤンさんを呼び出してもらい、電話で「日本から来ました!」と言うと、「君が来る事は知っていたんだよ。すぐ行くから待ってて」と言う感じで、とても優しい方でした。

ノートルダム大聖堂の前にネロとパトラッシュの石碑が出来、2003年5月9日に除幕式がありました。そこに座って記念写真・・
この石碑はトヨタ自動車さんの出資で、石碑に刻まれたメッセージはヤンさんと大島氏によるものです。


                

         ネロとパトラッシュの石碑

          「フランダースの犬」
          この物語は悲しみの奥底から 
        見出すことのできる
         本当の希望と友情であり
          永遠に語り継がれる私たちの
         宝物なのです

ネロとパトラッシュの石碑
   
石碑はこんな感じになっています。

  ネロとパトラッシュが描かれていて
左側にヤンさんと大島氏による
メッセージが刻まれています。


             
               ネロが座っていた場所
ネロが大聖堂に入る前、いつも座っていた場所だと
ヤンさんが教えてくれました。
1490年ケンティン・マシスの作品で、ローマの兵士ブラボーを
かたどった石造りの井戸です。


                 
             
             ミルクマルクト通り
ネロが牛乳を売りに行った市場はなくなっていましたが、
ミルクマルクト(牛乳市場)と書いてある通りがありました。
石畳の細い通りで、先にはアントワープ市庁舎が見えます。

             アントワープの石畳 パトラッシュの足を悩ませた石畳の道



アントワープ市庁舎
アントワープ市庁舎

ルネッサンス様式の市庁舎は、アントワープ出身の建築家コリネリス・フロリス・デ・フリントの作品で、1561〜1565年にかけて造られました。正面の長さは76メートルもあります。
市庁舎の前には1887年、彫刻家ランボー作のブラボーの噴水があります。ブラボーとは、巨人アンティゴーンの手を切り落とし、スヘルデ川に投げ捨てて打ち負かした勇士のことです。
アントワープの名前はこの「手を投げた」伝説から来ているといわれています。

そして、この市庁舎は「フランダースの犬」の中にも重要な役割で登場します。
ネロが選ばれたいと願った絵画コンクールの入賞者がここで発表されたのです。
ネロは第一位の次で、ある金持ちの息子の下に甘んじなければなりませんでした。
ネロは幸せをつかむ唯一のチャンスを、ここで失ったのです。


            



Copyrights (c) Bouvier des Flandres All Rights Reserve